Vol.1
峠の釜めし
新しい年平成を迎え、何か世の中の大きな動きを感じながら、福岡から羽田へむかう飛行機の中で、今この原稿を書いています。 私は現在、月二十日間位全国を回りながら色々な菓菓子作りに営まれる方と接しています。(ざっと数えると月八十軒から百軒位になります。) この中には、すごくご繁盛の店もあれば、素晴しい菓子を作っておられる店、またその逆の店、最も寂しいと思うのは、後継者のいない店、そのような色々な方々との菓子作りに対しての対話の中で形成してきた、私自身の考えや思い入れをエッセイ風で書き記したいと思います。 また全国を旅すると、色々な人との出会いがあったり感動をする場面に遭遇したりします。そんなこともこの欄で書きつづっていきたいと考えております。
峠の釜めし
上野から長野へむかう信越本線の途中の駅に横川という山の中の駅があります。ここから軽井沢までの区間は非常に険しい碓氷峠を電車は登っていきます。このため、電車は横川駅でもう一台機関車を取り付け二台の機関車で碓氷峠を登ります。この機関車を取り付ける作業の四分間の間に、峠の釜めしのドラマが展開します。
シュッシュッと電車は静かに横川の駅のホームに入ります。そのホームには、ちょっと異様な中年の紳士が四名から五名、茶色の帽子、茶色のジャケット、茶色のズボン、それに茶色のネクタイ。そんな姿で直立不動で立ち、私達が来るのを待ちうけています。「釜めしー。釜めしー。」そのかん高く透き通る声が構内に響き渡ります。乗客の人達はここで釜めしを売っているのは、百も承知のようなものがあり、四分間の間で買いそびれないように、競って茶色一色の紳士の方へむかって行きます。私もその中に混じり走って行きます。
私がまず感動したのは、その紳士の対応の素晴らしさと、自信にあふれた誇り高い姿です。瞬間的この忙しさの中でも、お客様ひとりひとりに対する真心のこもった姿はなかなかのものでした。そして電車の自分の席に戻り、さっそく釜めしのふたを開けてみます。
釜めしの器は素晴らしい陶器で出来ており、ふたを開けると香ばしい醤油としいたけの香りが漂います。中の具はうずら、栗、しいたけ、竹の子、かしわ、ごぼう、あんずなどetc……。これらが上手くマッチされ、とても温かい状態でふたを開けるまでを管理されています。そして別のプラスチック容器に「香の物」と書かれた漬け物類、だいこん、なす、かす漬、梅、こういったものが可愛らしく添えてあり、より一層の色どりを釜めしにつけ加えます。
この店、「おぎのや」は創業以来百年、峠の釜めし一筋。その思い入れがひと口、ひと口、口にするごとに伝わって来るような気がします。電車が少しづつ動き出します。窓ごしにホームに立った茶色ずくめの紳士達は、また直立不動の姿にもどり、帽子をとり、深々と頭を下げ、私の目から彼等の姿が見えなくなるまで頭を何度も何度も下げていました。その姿は峠の釜めしに、感動と言う素晴らしい味つけをしてくれました。これが横川駅での四分間の出来事です。
この話はひらたく言えば、ただ釜めしのことであり、それを売るおじさんのことではあるのですが、それを売る人の意気込みによって、これが人に感動を与えるものになって行くことを強く感ぜずにはいられません。今はよい商品、おいしいものはたくさんあるし、またありふれた時代です。しかし、その中からぬきん出るためには、いかに相手に対して感動を与えることができるか、相手を喜ばすことができるか。もう、これをひとつのテーマとして徹底的に追究していかなくてはいけない時代だと思います。峠の釜めしはその数分間の中で私に新鮮で爽やかな感動を与えてくれました。
追伸 四年後には新幹線が高崎→軽井沢間に開通するとのこと。その時はこの峠下の釜めしはいったいどうなるかと思います。しかし、この百年の歴史でつちかわれたものは形は変われど、試行錯誤しながら新しいスタイルで残るにちがいないと思います。健闘を祈ります。



