Vol.55
「訃報に寄せて」

「訃報に寄せて」

昨年6月、リリエンベルグの横溝春雄氏が77歳でご逝去されました。
横溝氏は日本の洋菓子界において独自の視点と揺るぎない信念をもって新たな道を切り拓き、多くの後進の目標となった方であります。 私自身も氏には数々のご指導とご厚情を賜り、その歩みから多大な学びをいただきました。
ここに謹んで哀悼の意を表し、思い出と功績を記してご冥福をお祈りいたします。

「リリエンベルグ誕生と革新」

横溝氏と初めてお会いしたのは、氏が独立してリリエンベルグを創業される以前、中村屋グロリエッテに在職されていた頃でした。
現在では、高級住宅街として知られる新百合ヶ丘も当時は人家が少なく、広大な原っぱに変電塔が立つのみの地でありました。 そのような場所に菓子店を構えるという決断自体、既に従来の枠を超えた挑戦であったといえます。 開業にあたり、リリエンベルグは従来の洋菓子店の常識を覆す存在となりました。生菓子中心の経営が主流であった時代に、同店のショーケースは8尺1本、 生ケーキはわずか12種類に絞られ、焼き菓子販売を主軸とされたのです。経営的観点から、粗利や労務負担、ロス率に配慮した先見性に富む戦略でした。

「焼き菓子への信念と演出」

私の度肝を抜いたのはバッケンの置く位置です。 生ケーキ中心に販売することを考えると汚れた窯はあまり見せたくない、その為一番奥にあることがセオリーでした。
ところがリリエンベルグでは店のドアを開けると正面の奥に8尺のショーケースが入って左側にバッケンが正面を向いており、職人が焼き菓子を焼いているところと生のショーケースと同時に見ることが出来ます。横溝氏は私に、左手に美しく飾られたショートケーキ、右手に小石のようなクッキー「ポルボローネ」を持ちながら問いかけられました。「内山さん、どちらを買いますか。」私は迷わずショートケーキを選びましたが、横溝氏は静かにこう語られました。
「お客様も皆そうです。しかしリリエンベルグが本当に良い店となるためには、このポルボローネが売れなければならないのです。」その言葉どおり、ガラス越しに職人が生地を成型し、バッケンで焼き上げ、香ばしい香りが店内を包み込む。その一連の情景と香りが焼き菓子に命を吹き込み、お客様の心に刻まれる仕組みが、同店には見事に設えられておりました。これは単なる店舗演出ではなく、横溝氏の揺るぎない信念の表れでありました。

「業界に刻まれた功績」

その後、リリエンベルグは多くの顧客に支持され、全国の洋菓子店の指標となりました。横溝氏の「焼き菓子を主役に据える」という経営理念は、従来の洋菓子店のあり方を根底から見直すきっかけとなり、数多くの後進のパティシエに影響を与えました。また、ウィーン菓子の巨匠として高い技術を誇りながらも、パフケーキやカステラといった親しみやすい菓子にも関心を示されました。氏は常に「子どもが安心して食べられるお菓子こそが喜びをもたらす」と語られ、厨房からの視点に留まらず、常にお客様の立場から繁盛の条件を見極められていました。この姿勢こそが、横溝氏を業界の先駆者とたらしめた要因でありましょう。

ご夫妻の歩みと「優しさの味」

ご生前、横溝氏は常に奥様と共に歩まれました。奥様のご逝去の後を追うように旅立たれたことは、ご夫妻の深い絆を物語っております。 お二人が創り上げられた菓子は「優しさの味」として、訪れる人々の心に深く刻まれています。

「今回のプレスのテーマはシュークリームです」

奇をてらうような新しい商品ではなく、専門店ならではの出来立て感、作りたて感の追求に尽きるのではないでしょうか。今回のプレスは誰もが知っているシュークリームにスポットを当てました。目の前でシュー皮を焼き、お客様の注文を聞いてからカスタードを詰める「まるで皮とカスタードが奏でるミルフィーユの様なさっくり感」 これを演出できるのは専門店ならではです。価格もリーズナブルにして集客商品として考えられては如何でしょうか。 本文を是非一読してください。本年も宜しくお願い致します。
皆様方のご健闘をお祈りいたします。

(このブログはNANBANプレス70号に掲載されたコラムを再編集したものです。)

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